『静かなる気づき』
小さな相談室のドアを、私はそっと開けた。
午後のやわらかな陽射しが差し込む中、静かな空気がそこに流れていた。
「こんにちは。どうぞ、ゆっくり話してください。」
その声には、圧も期待もなかった。ただ、穏やかで安心できる響きがあった。
椅子に腰を下ろしても、すぐには何も話せなかった。
だけど、沈黙を急かすことはなかった。
私は、自分の中で言葉になるのを、待つことができた。
やがて、ぽつりと話し始めた。
「私、ずっと…人に嫌われないようにって、頑張ってきたんです。でも最近、ふっと、自分が誰なのか分からなくなって…」
うなずきや表情の中に、否定も分析もなかった。
あるのは、ただ、私の話に寄り添おうとする気配だけだった。
言葉を重ねるたびに、胸の奥にあった何かが、少しずつ解けていくのを感じた。
それは、誰にも見せたことのない痛みだったけれど、ここでは大丈夫だと思えた。
日が暮れかける頃、私は涙を流しながら、ふと笑っていた。
「こんなふうに、自分の気持ちを話せたの、初めてです。誰かにちゃんと理解されたって、初めて思いました。」
返ってきたのは、静かなまなざしと、あたたかい沈黙だった。
その日から、少しずつ、私の中に変化が起きた。
誰かに正されるのではなく、自分自身で気づいていく感覚。
それは、ゆっくりだけれど、確かに私を動かしていた。
ここでは、誰かが「治す」のではない。
私が、私自身に出会っていく場所。
ただ聴いてくれる人がいること。
その関係性の中で、私は初めて「自分」を生きてみたいと思った。